雨と重力
雨が降ってくる直前。わたしの肌はその予感をとらえて少し身震いした。この雨は強くなりそうだ。少し歩を早める。手の甲に水滴が落ちるとすぐに大降りの雨が槍のように降り注いでくる。折よくみつけた古い待合室のあるバス停で少し雨宿りをすることにした。こういう時に、いつもロッカーに置いて備えている折り畳み傘はカバンの中に無い。ベンチに座って制服のポケットに入っているハンカチで濡れた髪と顔を拭いて、表面がびしょ濡れになったカバンを開けて、中身のプリントが無事なことを確認する。視線を上げた先にかかっている時計を見る。4時12分をさしたまま、何年も動いていないように見える。ふと、息を吐く。カビ臭い待合室の匂いがした。
バスが来るのを待っているわけでは無い。しかしこの待合室で雨が止むのを待っている。何かを待つために作られたこの部屋は、他のどの場所よりも時間を溜め込んでいるような気がする。濡れた服が体温を奪って、寒い。キョロキョロと部屋を見渡すと、電気をつけるスイッチがあったので電気をつけた。薄暗いオレンジの蛍光灯が待合室を照らし、電球が切れかけなのか時折点滅する。濡れた制服を脱いで、ベンチに広げてかける。4月の下旬で暖かくなってきたとはいえ、今日は寒い。乾くことを期待するより、水分を含んで重たくなった制服を着ていたくなかった。
「目の大きさが違うんだね」何気なくクラスメートに言われた一言が、何度も頭の中で反芻する。何を考えるでもなくぼーっとしていると、頭に浮かぶのは悪いことばかりで、とりわけ私が考えることは自分の容姿のことだった。私のことじゃ無いとわかっていても、誰かが声をひそめて会話をしていると自分の容姿のことだと思ってしまう。普通じゃない。いやだ。なんで私は。シンクに流れていく水のように自己嫌悪は渦を巻いて、待合室の中を滞留する。意味のないことってわかっているのに、そうやって自分を傷つけることが癖になっている。ばちりと音を立てて蛍光灯が消えてハッとする。電球が切れてしまったのか?またすぐに頼りのない灯りが点滅しながら待合室を照らす。雨がすっかり強くなっていて、待合室の扉の窓を叩く音が聞こえた。
窓の外を見るともうかなり暗くなっているようだ。反射して待合室が扉の窓に映し出されている。ベンチの端に座っている私。広げられた制服。変な形の目。窓についた雨粒が重力に沿って落ちていく。このままいっそ、私は・・・。車のエンジン音が聞こえて、ベンチから立つ。バスのドアが開き、私は行き先も知らないままそれに乗り込む。乗客は誰もいない。座席に座ると冷たい鉄の床の温度が足に伝わってくる。ドアが重たい音を立ててしまると、ゆっくりとバスが動き出した。息をついて視線をあげると、バスにかけている小さな時計がカチカチと音を立てて動いていた。